| あ行 | |
|---|---|
| AK−47 | [同義=カラシニコフライフル]7.62mm×39弾・全長870mm・重量3900g AK-47突撃銃。ベトナム人民軍の主力火器。S型は金属製折り畳みストックが付いている短縮版の事を指す。中国製は五六式小銃と呼ぶ。AK-47各種は抗米戦争中に多数が東側支援諸国によってベトナムに送り込まれた。頑丈さや簡易さも伴って解放勢力側によって多く使用され、主力小銃として大きな戦果を挙げた。珍しいところでは同じAKのバリエーションであるチェコスロバキア(当時)製のVz58Pライフルが北ベトナム民兵によって使用されていた。 |
| ARVN | [同義=サイゴン政府軍] 「アービン」南ベトナム(共和国)政府軍のこと。北側からは「傀儡軍」としてしか認識されていなかった。 |
| RPG | [DATA=RPG携帯式対戦車ロケット発射器]。 無誘導のロケット弾には成形炸薬弾頭が装着されており、目標に命中すると炸薬が爆発しモンロー効果によりジェット噴流が生じ、装甲を貫通する仕組み。対陣地用の榴弾タイプも開発された。解放勢力側によってRPG-2・7が多数使用され大きな戦果を挙げた。ベトナムではB-40(40mm口径級)とも呼ばれる。 |
| 愛と戦火の大地 | 仏映画「ディエン・ビエン・フー」(Dien Bien Phu)の邦画公開時名。 どうにかならなかったのかこのタイトル。ビデオでは「スカイミッションDC-3」 |
| アオザイ | ベトナム特有の女性の正装、民族衣装になる。クアンと呼ばれるダブダブのパンタロンの上に羽織る。この上下の組み合わせで通常ベトナム女性の正装「クワン・アオ」となる。南部では「アオヤイ」の方が発音的に近い。 |
| アオザイ教団 | 上記アオザイの普及を目指す在日団体。 |
| アブバク | メコンデルダ南方の村を指す。サイゴン政府軍に対して初めて解放戦線が正面戦闘を行い勝利した場所として有名。 →【詳細】アプバクの戦い |
| アメリカ大使館 | サイゴン(現ホーチミン市)に作られた「堅固な要塞」と呼ばれた米国大使館のこと。その威容からアメリカのベトナム介入の象徴的存在であった。そのため1968年テト攻勢の際に解放戦線ゲリラC-10特攻隊に突入攻撃された。。 |
| アホカリプス | [短縮形=アホカリ]→現在ミリタリー用語。 国内で行われているベトナム戦争歴史再現イベントのこと。名称の由来はフランシス・コッポラの『地獄の黙示録(Apocalypse Now)』から。元来の主催は池袋にある軍装品店サムズミリタリ屋さん。 |
| アンカー | [同義=革命組織・正式=アンカー・パデワット]→カンボジア。 一般的にアンカー=ポト派監視員を指す。 |
| イースター攻勢 | [同義=イースターオフェンシブ]または復活祭攻勢。人民軍側呼称グエンフエ攻勢 1972年北ベトナム軍による春季攻勢のことをさす。 |
| インターナショナル | 1.国際 2.有名な革命歌。国内では左翼運動の激しかった時期よく歌われた。 |
| インドシナ共産党 | 準備中。 |
| ヴィンモック | 非武装地帯(DMZ)にある秘密地下トンネル。北ベトナム領内から南ベトナム領内の海岸線へと通じており、ゲリラの侵入に使用された。 |
| 映像の世紀 | NHKのドキュメンタリー番組、全十集。抗仏独立戦争、抗米救国戦争などベトナム関連は第六集と第九集。 |
| 越僑 | 国外で生活するベトナム人のこと。華僑のベトナム版。 |
| 越南 | [同義=ベトナム(Viet Nam)]越=ベト、南=ナム。 |
| 越南独立同盟 | [同義=ベトナム・ドゥクラップ・ドンミン>略称ベトミン(Viet Minh)] 1941年抗仏・抗日を目的とし結成。1945年に総蜂起、八月革命を達成しベトナム民主共和国の樹立に貢献。'51年に救国諸団体の統合組織であるベトナム国民連合会(リエンベト)に参加して解散した。→【歴史参照】 |
| おみやげTシャツ | ベトナムのおみやげTシャツはホーおじさんシャツや金星紅旗シャツなどのシャツがある。 |
| か行 | |
|---|---|
| ガイドライン・ミサイル | [DATA=ソ連製SA-2地対空ミサイル・ソ連軍制式名V-75ドヴィナ] ガイドラインはNATO=北大西洋条約機構の呼称。北ベトナムの主力防空ミサイルとして多数が使用され、その大型さ故に米軍パイロットから「空飛ぶ電柱」と恐れられた。 |
| 解放区 | 反政府勢力(この場合解放戦線)が政府の支配を排して設定する地域。 |
| 解放戦線 | [同義=ベトコン(Viet Cong)]南ベトナム解放民族戦線のことを指す。 →【軍装】南ベトナム解放民族戦線兵士 |
| カオバン省 | ベトナム北部中国国境に面している。中越戦争の主戦地。地図参照 |
| 革命博物館 | ハノイ・ホーチミン両都市にある博物館。ホーチミン(サイゴン)の革命博物館は旧統一会堂と地下通路で結ばれ南ベトナム大統領専用隠れ家でもあった。 |
| カブ | ホンダの名品オートバイのこと。スーパーカブでも同義。ベトナムではこれがないと彼女も出来ないらしい。 |
| カラス | 北ベトナム側はB-52戦略爆撃機をこう呼んで恐れた。 |
| カラシニコフライフル | [DATA=AK-47・AK-47S突撃銃]7.62mm×39弾・全長870mm・重量3900g カラシニコフとはソ連の銃器設計者のこと。AK-47各種は抗米戦争中に多数が東側支援諸国によってベトナムに送り込まれた。頑丈さや簡易さも伴って解放勢力側によって多く使用され、主力小銃として大きな戦果を挙げた。珍しいところではチェコスロバキア(当時)製のVz58Pライフルが北ベトナム民兵によって使用されていた。 |
| 枯れ葉剤作戦 | [同義=オレンジ作戦(エージェント・オレンジ)] 米軍によるジャングル破壊の為の枯れ葉剤散布のこと。猛毒ダイオキシンを含んだ薬剤がオレンジ色だったことにより名が付いた。その他ホワイトやブルーの薬剤がありその場合、エージェント・ホワイト、エージェント・ブルーと色によって呼称が違うが目的は同様。枯れ葉剤に含まれる毒素が人体に大きな影響を及している。1961年から行われ作戦最盛期は1967〜69年、70年頃には終息へ向う。ベトナム戦時中通じてアメリカ最大の汚点。 |
| 韓国軍 | ここでは当時ベトナムに派遣されていた物を指す。在ベトナム西側連合軍の中、唯一やる気丸出しで解放戦線でももてあました。冷酷な捕虜の扱いで悪名も高かった。 |
| カント | メコンの名物水上マーケットの行われている場所。 |
| カンブチア民族統一戦線 | カンボジアの共産勢力が統一戦線を組んだときの名称。 |
| カンボジア王国民族連合 | 準備中。 |
| カンボジア人民共和国 | [同義=ヘン・サムリン政権]1979年ベトナムの侵攻後に成立した親ベトナム派の政権。 |
| カンプチア | [同義=カンボジア]発音的にはカンプチア(campuchia)が近い。 |
| 北ベトナム | ベトナム民主共和国のことを指す。統一後(現在)はベトナム社会主義共和国。 |
| 北ベトナム正規軍 | 略称:NVA(North Vietnamese Army) 正式名:ベトナム人民軍(越語・Quan doi Nhan dan Viet Nam 英語・People's Army of Vietnem=PAVN)。 北ベトナム正規軍とはアメリカ側の名づけた呼称であり、ベトナムでは単に「人民軍」と呼ぶ。 |
| キリングフィールド | 1.英映画「THE KILLING FILDS」のこと。 2.クメール・ルージュ支配下のカンボジアを表現する意味もある。 |
| 虚構の楽園 | ズオン・トゥー・フォン著作「虚構の楽園」のこと。統一後のベトナム一部指導層の誤りを告発した貴重な書。 |
| 937高地 | 中部高原戦域(TCTZ・第一軍区戦術地帯)トゥアティエン省アシャウ渓谷の高地(アブピア高地)。映画「ハンバーガーヒル」の舞台。 |
| 金星紅旗 | 旧ベトナム民主共和国国旗。(注・広角金星) 現・ベトナム社会主義共和国国旗。1976年第六期統一国会第一回会議正式制定。 赤地に金星。赤は革命と血の象徴。金星は人民の団結を意味する。縦横比率2:3、金星の大きさは縦に対して2分の1、オリジナルがハノイの革命博物館に現存。 →【関連】掲げよう我が勝利の旗の会 |
| グーク | 米軍側が名付けた解放戦線側兵士への蔑称。 |
| クアンチ省 | [同義=クアントリ※英語発音] 非武装地帯に面した省。戦争期間中最大の激戦区。1973年には解放側の攻勢により解放区となった。 |
| クアンドイ・ニャンザン | ベトナム語で「人民軍隊(Quan doi Nhan dan)」の意。ベトナム人民解放軍を指す。機関誌の名も同名。 |
| グエン朝王宮 | [同義=阮朝王宮] フエにあるベトナム中世期の遺跡。戦時中には被害を受けた。 |
| クオックカー | ベトナム国歌。 |
| クオックホック | [同義=国家学堂] ホーチミン故大統領や近代ベトナム史に名を残す要人が学んだ学校。 |
| クチ | [同義=クーチまたはクーチー]サイゴン(現ホーチミン市)近郊。解放戦線の重要な拠点でもあった。今でも残るトンネルは圧巻。 |
| クメール・イサラク | 準備中。 |
| クメール人民民族解放戦線 | [同義=ソン・サン派]カンボジア三派連合の一角を成していた。 |
| クメール・ルージュ | [同義=ポル・ポト派] ポル・ポト(人名参照)が指導していたカンボジアの共産勢力。原始共産主義を標榜し大虐殺を行った。主に1979年以降をポル・ポト派と呼称する。 |
| グリンベレー | 米軍の特殊部隊のこと。米映画「グリンベレー」と言う物もあったが戦争賛美のプロパカンダと言われる。 |
| ゲティン・ソヴィエト | 1930年初期にインドシナ共産党の指導で発生した農民主体による反政府蜂起。植民地政府と結びついていた地主階級を打倒し解放区(ゲティン・ソヴィエト地区)を作り、地主の土地を農民に再分配。31年には植民地政府軍により鎮圧された。 |
| ケサン | 非武装地帯西方の村。米軍が基地を設営し激戦が展開された。1968年7月陥落。 |
| ケプ | ミグの巣窟と呼ばれた北ベトナム(ハノイ北方)の飛行場。 |
| ゲリラ戦 | 準備中。 |
| コーチシナ | 準備中。 |
| コードネームフラッシュ | 中越戦争物の映画。娯楽的には絶賛。 |
| ゴイ・クォン | ベトナム料理の定番、生春巻き。美味である。 |
| 抗美援越 | アメリカと戦いベトナムを助けると言う意味の中国語。 |
| 光復会 | ファン・ボイ・チャウ(人名参照)が1903年に作った組織。 |
| コミュニスト | 共産主義者および共産党員のこと。 |
| コミュニズム | 共産主義のこと。 |
| コメ | ベトナム人の主食。主力輸出商品でもある。 |
| コンアン | ベトナム語で「公安(Cong an)」の意。つまり警察。警察系の新聞も同名。 |
| コンソン島 | [同義=プロコンドール島] 南ベトナムの監獄島。現在のコンダオ島。地図参照 |
| コンチネンタルホテル | サイゴン(現ホーチミン市)にあるホテル。 |
| さ行 | |
|---|---|
| サーチアンドデストロイ | 米軍のとった策敵殲滅作戦のこと。 |
| サイゴン | 旧南ベトナムの首都。現在のホーチミン市。地図参照 |
| サイゴン政府 | 旧南ベトナムの政府の意。 |
| ザイフォン | ベトナム語で「解放(giai phong)」の意。 |
| サガー対戦車ミサイル | [DATA=ソ連製AT-3対戦車ミサイル・ソ連軍制式名9M14マリュートカ] 射程3000m・重量11kg・飛翔速度200km程度。 1972年のグエンフエ攻勢(イースター攻勢)の際に南政府軍戦車隊に対して北人民軍によって使用され大きな効果をもたらした第1世代の対戦車ミサイル。有線式であり、射手が目標まで手動で誘導しなければならないため、その間に射手は無防備であった。 |
| サンクム | [同義=人民社会団]→カンボジア シアヌーク国王が1955年総選挙に向けて国内諸政党を統合して作った組織。 |
| ザンシン市場 | ホーチミン市にある市場。軍払い下げ店が結構ある。米軍物も格安(コピーもあり)らしい。 |
| 三大解放区 | 南部メコンデルダ戦域カンボジア国境地帯の「釣り針の曲がり」「犬の頭」「オウムのくちばし」の三つの解放区を指す。 |
| サンパン | 小舟のこと。メコンではこれを使用して物資の輸送をしている。米軍ともよく交戦した。 |
| サンヘルメット | 防暑帽のこと。軍用と民間用があるらしい。ベトナムでは町中でもかぶっている人が多い。 |
| C−10 | 抗米戦争当時のサイゴン(現ホーチミン市)の潜伏ゲリラ部隊のこと。テト攻勢時のアメリカ大使館攻撃など決死的攻撃があまりにも有名。 |
| シグマ64図上演習 | 1964年4月6日アメリカ国防総省で行われたベトナム戦争の図上演習。国務、国防両省や中央情報局(CIA)など関係機関が総参加し、軍事介入の政治軍事的影響を探る大規模なシミュレーションゲームであった。参加者は青組(米国、南ベトナム)・赤組(北ベトナム)・黄組(中国)に分かれ、四日間、各政府になりきって事態の進行に応じた戦略を描いたと言う。最終的に北ベトナム側への攻撃は反米世論が高まり不利、と言う結果が出たが活かされる事はなかった。 |
| シクロ | 輪タク。ベトナムの三輪タクシー。 |
| 地獄の黙示録 | 米映画「アポカリプス・ナウ」のこと。この映画の一場面で流れたR・ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」はあまりにも有名。 |
| シモノフ・カービン | 旧ソ連製の半自動小銃「SKS」のこと。シモノフとは銃器設計者の名前。 抗米救国戦争時の主力小銃であった。 |
| J/C作戦 | 米軍の作戦「ジャンクション・シティー」のこと。 |
| ジャングルメイド | ベトナム戦争当時の解放区内で製造された物品のことを指す。 |
| ショロン | またはチョロン。ホーチミン市西方のチャイナタウンのこと。 |
| 人海戦術 | 元は朝鮮戦争時の中国軍の攻撃方法のことを指す。文字どおり大軍による一斉攻撃。 |
| 水牛 | ベトナム農村では今でも水牛を使った耕作風景が見られる。 |
| 水上人形劇 | ベトナム特有のタン・ロン水上人形寸劇。 |
| ストレラ | またはグレイル。ソ連製SA-7個人携行用対空ミサイル。 |
| 政治委員 | 共産主義国の軍隊は党の軍隊(国の軍隊ではない)であるから軍隊を政治的に縛るために政治委員が付く。悪習。 |
| セ・ホンダ | ベトナム語で「ホンダ車」の意。つまりはスーパーカブのこと。 |
| ゼロ年 | クメール・ルージュによるカンボジア恐怖の始まり1975年を指す。 |
| 戦争証跡博物館 | ホーチミン市にある旧名「アメリカの戦争犯罪博物館」。現在はアメリカ人旅行者への配慮から現名称に変更した。ギロチンなどの拷問器具等が特に生々しい。 |
| 戦略村構想 | 解放戦線と農民を隔離するため実行された南政府の政策。効果はほとんどなかった。 |
| ソンミ | 米軍アメリカル師団による村人大虐殺のあった村。 |
| た行 | |
|---|---|
| タイニン省 | 米軍側はタイニン省北部を戦闘地区Cゾーンと呼んでいた。 |
| タインホア省 | ハノイの南160kmにあるタインホア省(省都タインホア) マー河に架かるハムロン鉄橋はベトナム戦時中幾度となく爆撃を受けたが、落ちることが無かったとして有名。 |
| チャタム教会 | サイゴン(現ホーチミン市)にあるキリスト教会。 1963年にジェム大統領(人名参照)がここに逃れたが捕らえられて殺害された。 |
| ダナン | ベトナム中部一の大都市。1965年米軍が上陸し直接介入。地図参照 |
| タンソン・ニュット | サイゴン(現ホーチミン市)の軍民兼用空港。現在も国際空港。 |
| タンロン | [同義=昇龍(タンロン)]ハノイの旧名。 |
| 中越戦争 | 1979年に起こった中国のベトナム北部諸省に対する侵攻のこと。中国が支援していたカンボジア(ポト派)に対して、78年末にベトナムが侵攻した事に対する報復攻撃の意味合いを持つ。文化大革命の影響もあり近代化に遅れていた中国軍は、山岳地帯に敷かれたベトナム軍の縦深陣地を突破することが出来ず多大な犠牲を出し、ベトナム側国境地帯の諸都市を破壊した後に撤退した。ベトナム軍は北部の地方軍に大きな損害を出したが主力軍を温存し、カンボジアでの作戦にも影響しなかった。 |
| チョイ・オーイ | ベトナム語で「なんてこった」「しょうがない」などの意。 |
| DMZ | 当時の非武装地帯のこと。地図参照。 |
| ディエンビエンフー | 1954年抗仏独立戦争決戦地。詳しくは地図・歴史を参照。 |
| T−54/55戦車 | ソ連製戦車のこと。中国製は主に五九式戦車と呼ばれる。抗米戦争後半になり多数が実戦投入された。 |
| デグチャレフ | 旧ソ連の銃器設計者のこと。ここでは主にDhsk38/46重機関銃を指す。12.7mm口径で解放勢力側の重要な対空兵器として多数使用された。 |
| 鉄の三角地帯 | 解放戦線の聖域と言われたジャングル地帯のこと。サイゴン(現ホーチミン市)の北方に位置する葦の平原。 |
| テト | ベトナムの旧正月。 |
| テト攻勢 | 1968年のテト休戦を利用して行われた解放勢力側による南全土での攻勢のこと。 |
| 統一会堂 | [同義=ノロドム(独立)宮殿] サイゴン(現ホーチミン市)にある旧大統領官邸。1975年解放勢力(※人民軍の正規部隊)の戦車が突入、ベトナム戦争の終結を世界に知らせた。現在はトンニャット(統一)会堂。 |
| ドゥオン・チェン・タン | ハノイにある「B-52撃退通り」のこと。 |
| トゥゾー | [tu do]ベトナム語で「自由」の意。 |
| ドゥメ橋 | [現ロンビエン橋] 当時のインドシナ総督ポール・ドゥメの名前を冠していた。ロンビエン鉄橋の解説を参照。 |
| ドイモイ | ベトナム語で「刷新」の意(正確には直訳できないらしい)。 1986年12月15-18日第六回党大会決議。 資本主義を取り入れた商業的な改革開放計画のこと。改革・開放路線に転じ、疲弊した経済を活性化させる役割を果たした。 1990−2000年の国内総生産(GDP)成長率は年平均7・6%。アジア経済危機で98年から減速傾向がみられたが、ここ数年は再び高い成長率を記録している。 |
| トイレ | ベトナムはトイレだけはいただけない。注意が必要。 |
| ド・カストリ司令部跡 | ディエンビエンフーにある第一次インドシナ戦争(抗仏戦)仏軍司令部の跡。 |
| トカレフ | ここではソ連製拳銃のことを指す。トカレフ半自動小銃も使用された。 |
| 独立宣言 | 1945年ホー・チ・ミンの独立宣言は「フランス人権宣言」と「アメリカ独立宣言」を範にとり世界に感銘を与えた。 |
| 独立と自由 | ホー・チ・ミン同志の名言「独立と自由ほど尊いものは無い」 |
| ドミノ理論 | 1954年4月、米アイゼンハワー大統領・ダレス国務長官の提唱。インドシナが共産化すれば、ドミノのパイが倒れるように東南アジアの周辺諸国が共産主義の手に落ちるだろうと言う理論。アメリカのベトナム介入の根拠となった。 |
| 虎の檻 | 米軍が使用した拷問器具の名称。 |
| ドン | ベトナム(戦時中は北ベトナム)の通貨。現在もそう。 |
| 東京義塾 | ドン・キン・ギア・ドゥックで東京義塾。東游運動(下段参照)に影響され文化改良運動の先進となった。政治運動に発展し九ヶ月で閉鎖された。 |
| ドンズー(東游)運動 | 日露戦争に勝利した日本に学ぼうと1904-1909年にわたりファン・ボイ・チャウ(人名参照)が指導した留学運動。 |
| トンキン湾 | 詳しくは地図参照 |
| トンキン湾事件 | 準備中。 |
| トンニャット特急 | ハノイ・ホーチミン間を走る鉄道。特急とは言えない遅さらしい。 |
| トンネルねずみ | ベトナム戦時中、解放戦線側のトンネルを捜索する米軍兵士に付いたあだ名。 |
| な行 | |
|---|---|
| ナパーム弾 | 米軍が多用した航空機用爆弾。 |
| 555 | インドシナでよく見る煙草のブランド名。ベトナム語で「ナムサー」 |
| 南沙諸島 | [同義=スプラトリー諸島・チュオンサ諸島] 油田・漁業権の問題で多国間でもめている。ベトナムも領有を主張している。ベトナム語ではチュオンサ諸島。 |
| 南進 | [同義=ナムティエン]北部から南部へのベトナム民族の一大史大移動。 |
| ニャンザン | ベトナム語で「人民(nhan dan)」の意。現ベトナム共産党の機関誌の名前でもある。 |
| ヌクマム | [同義=ニュクマム]ベトナムの調味料。 |
| ヌエン | ベトナムのソーセージ。美味である。 |
| ネムザン | ベトナム料理の揚げ春巻き。 |
| ノン | [同義=ノンラー]ベトナムのすげ笠。ベトナムの代名詞となった。 |
| は行 | |
|---|---|
| バーディン広場 | ハノイにあるホーチミン廟の前広場。 故ホー・チ・ミン主席が独立宣言を読み上げた場所。 |
| バー・バー・バー(333) | サイゴンビール「333」のこと。つまりバーとはベトナム語で3。ベトナム国産ビールでは最も有名。 |
| ハイバン峠 | ベトナム中部の狭路。地図参照 |
| ハイフォン | ハノイ東方の港。地図参照 |
| バオダイ−ベトナム | インドシナ戦争時フランスが南部に作った南ベトナムの前進的傀儡政府のこと。 |
| 爆竹 | 祝い事に使用されるのが爆竹。特にテト(旧正月)の大爆竹騒ぎが有名。しかし浪費及び死亡者多数につき現在爆竹禁止。ひどく残念。 |
| 八月革命 | 1945年日本の敗北により独立革命が起こりベトナム民主共和国成立。 |
| バックの道 | [同義=ホーチミンルート]ベトナム語でホーおじさんの道の意。 |
| パテト・ラオ | ラオス愛国戦線の意。インドシナ共産党ラオス委員会によって結成される。隣国ラオスでもベトナムと同時期に戦っていた。 |
| ハノイ | ベトナムの首都。地図参照。 |
| ハノイハンナ | 北ベトナム側の流した米兵向け放送の女性アナウンサーの総称。 |
| ハノイヒルトン | [同義=旧ホアロ刑務所] 米軍の捕虜を収容していた北ベトナム・ハノイの旧ホアロ刑務所を、アメリカの高級ホテルにもじって皮肉込めてこう呼んだ。 |
| パリ和平会議 | 準備中 |
| ハンバーガーヒル | 米映画「ハンバーガーヒル」のこと。アシャウ渓谷937高地の戦い。特に軍装マニアの中で評価が高い。 |
| ピアストル | 南ベトナムの通貨。今は存在しない。 |
| ビエンホア | ドンナイ省の省都。サイゴン(現ホーチミン市)北方近郊の都市。ベトナム戦時中には米空軍基地と南ベトナム軍第三軍管区が置かれていた。 |
| 非武装地帯 | ここでは北緯17度線のことを指す。DMZと呼ばれ非武装地帯とされた。地図参照 |
| ブービートラップ | 仕掛け罠のこと。解放戦線側によって多用された。 |
| ファントム | 米国製F-4戦闘機のこと。ベトナム戦争中の米軍主力戦闘機。 |
| フエ | ベトナムの古都。米映画「フルメタルジャケット」の舞台にもなった。地図参照 |
| フェニックス作戦 | 南政府軍と米軍による反政府活動家の暗殺作戦。 |
| フォー | ベトナムうどん、米麺。主に朝食にするのが基本。美味である。鶏肉や牛肉を入れる。 |
| プラトーン | 1.英語で中隊のこと。 2.米映画「プラトーン」のこと。 |
| フラワーチルドレン | 銃口に花を差し込む静かな反戦運動の若者のこと。1967年10月21日は国際反戦デーとなった。 |
| フルメタルジャケット | 1.銃器用弾丸の意 2.米映画「フルメタルジャケット」のこと。 |
| 文化大革命 | 1960年代、中国に吹き荒れた権力闘争の一環。以下略。 |
| 米帝 | [同義=アメ帝]米国帝国主義者の略。 |
| 平和委員会 | 正式名「サイゴン・チョロン平和委員会」解放戦線の前の南部抵抗組織。 |
| 北京亭同志会 | チーム上海亭傘下のベトナム人民軍専門サークル北京亭同志会の意。 |
| 北京の第五列 | ベトナム在住の中国人(華僑)をスパイ視してこう呼んだ。 |
| ベトコン | 越共(越南共産主義者)の略称。ベトコン(Viet Cong)=ベトナムコミュニストvietnamese communist(越共=ベトナムの共産主義者)の略。または越語でベトナム・コンサン(cong san Viet Nam)の略。限りなく蔑称に近い、略称と言うのが実際のようで、国内メディアでもベトナム反戦が盛り上がりを見せた1960年代後半には「ベトコン」→「解放戦線」と表現に変化が見られた。 |
| ベトナム | 漢字では「越南」。インドシナ半島東部の国家。詳しくは歴史参照 |
| ベトナム共和国 | [同義=南ベトナム] |
| ベトナムコーヒー | [同義=ベトナム・カフェ]すごく濃いのがベトナムコーヒーの特徴。寝れなくなること疑いなし。 |
| ベトナム航空 | スチュワーデスが既にアオザイ着用。関空でもその姿を稀に見るという。 |
| ベトナム青年革命同志会 | (青年・タイン・ニェン)インドシナ共産党の前身組織。 |
| ベトナム放送 | ベトナムから日本へ向けて流されているたんぱ放送。 |
| ベトナム民主共和国 | [同義=北ベトナム] |
| ベトナムネットワーク | 関連の学術団体や支援運動等のネットワーク。かなりあります。 |
| ベトナムのダーちゃん | 日本・ベトナム共同制作映画。軍装考証が意外としっかりしています。 |
| ベトミン | [同義=ベトナム・ドゥクラップ・ドンミン>略称ベトミン(Viet Minh)・越南独立同盟] 1941年抗仏・抗日を目的とし結成。1945年に総蜂起、八月革命を達成しベトナム民主共和国の独立を宣言した。歴史参照 |
| ベ平連 | 当時の日本のベトナムに平和を!市民連合のこと。反戦団体。当時の代表は小田実氏。 |
| ヘリボーン | ヘリコプターによる作戦展開のこと。 |
| ベンズオック | クチにある解放戦線のトンネル。ベンズディンというトンネルもある。 |
| ホーおじさん記念館 | 革命家ホーチミン同志の軌跡を展示した博物館。 |
| ホーチミンサンダル | 古タイヤで作られた独特のサンダル。既に当時物は希少。 |
| ホーチミン大作戦 | ベトナム戦争サイゴン解放を目的とした最終作戦。 1974年12月〜75年1月に開かれた労働党政治局会議で決定された。当初の予定より遙かに順調で雨期前の4月30日に解放軍がサイゴンに無血入城を果たした。 |
| ホーチミン博物館 | 革命家ホーチミン同志の軌跡を展示した博物館。旧ソ連の協力で斬新な作り。 |
| ホーチミン廟 | ベトナム革命の英雄ホーチミン同志を祭っている所。ハノイにあり見学料無料。 |
| ホーチミンルート | [同義=ホーチミン・トレイル] 解放勢力側が建設した南ベトナムへの秘密補給路。詳しくは地図参照 |
| 北爆 | 北ベトナムに対する米軍側による爆撃のこと。 |
| ホン河 | ハノイを流れる別名紅河。地図参照 |
| ま行 | |
|---|---|
| マカロフ | ここではソ連製拳銃のことを指す。 |
| マクナマラ線 | 準備中 |
| ミー | ベトナム語で「アメリカ」の意。ベトナム戦時中は[De Quoc]を冠詞付けて米帝国と呼んでいた。 |
| ミグ | ソ連ミグ設計局製の戦闘機のこと。ベトナムではミグ17・21が多く使用された。 |
| 南ベトナム | 南越(Nam Viet) |
| 民主カンボジア | ポル・ポト派が権力を握っていた当時(1975-1978)の国名。 |
| 無人の野 | ベトナム映画「無人の野」監督グエン・フォン・セン。このリアリティーは凄いの一言。 |
| メコン河 | ベトナム南部の大河。詳しくは地図参照。 |
| メコンデルタ | ベトナム南部メコン河下流地帯のこと。地図参照。 |
| モシンナガント | ここではソ連製小銃のことを指す。帝政ロシア時代からの旧式小銃。 |
| や行 | |
|---|---|
| ヤンシン市場 | 人民軍従軍章等がごろごろしているすごい所。 |
| ヨー | ベトナム語で「乾杯」の意。威勢よく言いましょう。ヨー!! |
| ら行 | |
|---|---|
| ライチャウ省 | ベトナム北部西方の省、ディエンビエンフーが現在の省都。地図参照。 |
| ラオス王国 | 準備中 |
| ラオス自由戦線 | ラオス愛国戦線(パテトラオ)の前身。ラオス人民革命党の指導下にあった。 |
| ラオス人民革命党 | 1955年結党。ベトナムの父ホーチミンの盟友であったカイソン将軍が率いた共産勢力。略称LPRP |
| ラオス人民民主共和国 | 準備中 |
| ランボー2 | 米映画「ランボー2」。悪の北ベトナム軍もどき(しかもなんとなく旧日本軍風)が捕虜救出に来たランボーと戦う。そして都合よくやられる設定。 |
| ランソン省 | ハノイ北東151km中国国境に近いランソン省(省都ランソン)。1979年中越戦争時に大きな被害を受けた。 |
| 臨時革命政府 | [正式名称=南ベトナム共和臨時革命政府] 南ベトナム解放民族戦線側が南ベトナム政府に対抗して1969年に設立した革命政府。 |
| 臨時革命政府旗 | 上記の政府の旗。つまりは解放戦線の旗。金星二色旗。 |
| ル・パリア | 1922年ホー・チ・ミンが植民地支配を攻撃する目的で発行した雑誌ル・パリア(賤民の意)誌のこと。 |
| レ・ズアン通り | ハノイの人民軍放出品店が並ぶすごい所。ちなみにベトナムでは「偉人(レ・ズアンが偉人の仲間入りかどうかは微妙だが・・・・)」の名を道路に命名したりする。よって同名の通りは国内いたるところにある。 |
| レ・ミゼラブル | ヴィクトル・ユーゴの著作。ベトナムの指導層にも大きな影響を与えた。 |
| 六三式軽装甲車 | 中国製六三式軽装甲車のこと。 1975年サイゴン解放時、多数の六三式軽装甲車に解放戦線兵士が山なりに乗って市内を凱旋した。当時の報道ではよくアメリカ製M113装甲車と間違えられていた。 |
| ロンビエン鉄橋 | [旧名称=ドゥメ橋、1902年完成] 紅河(ホン河)に架かるベトナム北部とハノイを結ぶ重要な鉄橋。エッフェル搭の設計者でもあるギュスターブ・エッフェルが設計した。全長1800mは当時有数の規模で、フランス植民地支配の力の誇示でもあり、中国進出への野心の表れでもあった。また抗米戦争時には周辺に多数の防空陣地が作られ、ベトナム人民軍守備兵が橋によじ登りロープで体を固定し敵機と戦ったと言う。地図参照。 |
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| 現在無し | |
